中岛敦 山月记

中島敦 山月记

翻译  王志镐

序: 《山月记》,不是说山与月,而是说人与虎。取材于中国唐代传奇小说《人虎传》,为日本著名作家中岛敦代表作之一。主人公李徵,实为作者中岛敦本人,亦为有相同遭遇之读者本人。译者读毕,已泪湿衣襟,此虎者谁也?为何藏于深山而不露?李徵之内心世界,中岛敦之内心世界,性情孤傲者之内心世界,由此可见一斑。遂联想到,于特殊年代,身不由己,作禽兽事,伤害无辜,颠倒是非,横行霸道之少男少女,与此故事中主人翁颇为相似乃尔。又联想到,那现今陷入牢狱之大老虎,也曾有过美好前程,也曾做过貌似宏伟的事业。不幸今日变为虎,为谁之错?谁该为其负责?人之变虎,前有古人,后有来者。前仆后继,绝无終也!

陇西李徵,博学才颖。天宝末年,弱冠及第,登龙虎榜,补江南尉。性情孤高,狷介孤傲,自持要求颇厚,不屑为小官吏,遂辞官还乡,归卧故乡虢略(今河南灵宝市),与人交绝,一味沉湎于做诗。自忖与其为下吏,卑躬屈膝于高官之前,庸俗恶劣,不如作为诗人,死后百年垂青,万古流芳。然而扬名不易,度日艰辛,苦不堪言。李徵之性情,日渐焦躁不安。自此时起,其容貌变得冷峻,尖嘴猴腮,唯目光仍炯炯有神。曾经登科进士,圆脸美少年,今已无处可寻。数年之后,因不堪贫穷,为妻子之衣食计,遂忍辱屈节,再赴东部,任某地方官吏之职。作此下策,其一为对自己诗业半存绝望,其二为同辈已进爵高位,乃不得己,向昔日置之不理,愚钝之辈颔首拜谒。昔日之俊才李徵,其自尊心如何被伤害,实难想象。越发怏怏不乐,其狷狂性情,越发难以抑制。一年之后,因公外出,宿于汝水之畔,终于发狂。某日夜半,其脸色剧变,自床上爬起,口中不知叫唤甚么,下床直奔黑暗之中,再未返回。搜寻附近山野,一无所获。自此之后,李徵之下落,便无人知晓。

隴西(ろうさい)の李徴(りちょう)は博学才穎(さいえい)、天宝の末年、若くして名を虎榜(こぼう)に連ね、ついで江南尉(こうなんい)に補せられたが、性、狷介(けんかい)、自(みずか)ら恃(たの)むところ頗(すこぶ)る厚く、賤吏(せんり)に甘んずるを潔(いさぎよ)しとしなかった。いくばくもなく官を退いた後は、故山(こざん)、虢略(かくりゃく)に帰臥(きが)し、人と交(まじわり)を絶って、ひたすら詩作に耽(ふけ)った。下吏となって長く膝(ひざ)を俗悪な大官の前に屈するよりは、詩家としての名を死後百年に遺(のこ)そうとしたのである。しかし、文名は容易に揚らず、生活は日を逐(お)うて苦しくなる。李徴は漸(ようや)く焦躁(しょうそう)に駆られて来た。この頃(ころ)からその容貌(ようぼう)も峭刻(しょうこく)となり、肉落ち骨秀(ひい)で、眼光のみ徒(いたず)らに炯々(けいけい)として、曾(かつ)て進士に登第(とうだい)した頃の豊頬(ほうきょう)の美少年の俤(おもかげ)は、何処(どこ)に求めようもない。数年の後、貧窮に堪(た)えず、妻子の衣食のために遂(つい)に節を屈して、再び東へ赴き、一地方官吏の職を奉ずることになった。一方、これは、己(おのれ)の詩業に半ば絶望したためでもある。曾ての同輩は既に遥(はる)か高位に進み、彼が昔、鈍物として歯牙(しが)にもかけなかったその連中の下命を拝さねばならぬことが、往年の儁才(しゅんさい)李徴の自尊心を如何(いか)に傷(きずつ)けたかは、想像に難(かた)くない。彼は怏々(おうおう)として楽しまず、狂悖(きょうはい)の性は愈々(いよいよ)抑え難(がた)くなった。一年の後、公用で旅に出、汝水(じょすい)のほとりに宿った時、遂に発狂した。或(ある)夜半、急に顔色を変えて寝床から起上ると、何か訳の分らぬことを叫びつつそのまま下にとび下りて、闇(やみ)の中へ駈出(かけだ)した。彼は二度と戻(もど)って来なかった。附近の山野を捜索しても、何の手掛りもない。その後李徴がどうなったかを知る者は、誰(だれ)もなかった。

翌年,监察御史,陈郡袁傪者,奉诏出使岭南,途中宿于商于之地。次日清晨,欲于天色微明时出发,驿站官吏劝曰:前路不远,乃食人之虎出没之地,旅人非白昼不得过。今日天色尚早,可稍作等待,再走不迟。然而袁傪自持其随从人多势众,不听驿站官吏之劝阻,执意出发。借残月之光,通过林中草地,果然见一匹猛虎,自草丛中跃出。眼看扑到袁傪,忽然翻身,隐入草丛。自草丛中听到人声,反复念叨曰:真是险也!袁傪顿觉耳熟,惊恐之中,猛然醒悟,叫道:那声音,莫非吾之好友李徵?袁傪李徵,同年登第进士,李徵友人甚少,袁为其最亲密之友人也。此乃袁傪温和之性格,与李徵峻峭之性格,从未发生冲突之故也。

翌年、監察御史(かんさつぎょし)、陳郡(ちんぐん)の袁傪(えんさん)という者、勅命を奉じて嶺南(れいなん)に使(つかい)し、途(みち)に商於(しょうお)の地に宿った。次の朝未(ま)だ暗い中(うち)に出発しようとしたところ、駅吏が言うことに、これから先の道に人喰虎(ひとくいどら)が出る故(ゆえ)、旅人は白昼でなければ、通れない。今はまだ朝が早いから、今少し待たれたが宜(よろ)しいでしょうと。袁は、しかし、供廻(ともまわ)りの多勢なのを恃み、駅吏の言葉を斥(しりぞ)けて、出発した。残月の光をたよりに林中の草地を通って行った時、果して一匹の猛虎(もうこ)が叢(くさむら)の中から躍り出た。虎は、あわや袁に躍りかかるかと見えたが、忽(たちま)ち身を飜(ひるがえ)して、元の叢に隠れた。叢の中から人間の声で「あぶないところだった」と繰返し呟(つぶや)くのが聞えた。その声に袁は聞き憶(おぼ)えがあった。驚懼(きょうく)の中にも、彼は咄嗟(とっさ)に思いあたって、叫んだ。「その声は、我が友、李徴子ではないか?」袁は李徴と同年に進士の第に登り、友人の少かった李徴にとっては、最も親しい友であった。温和な袁の性格が、峻峭(しゅんしょう)な李徴の性情と衝突しなかったためであろう。

草丛之中,暂无回应,强忍之哭泣声,不时隐约传出。许久,低声答曰:在下,确为陇西李徵。

叢の中からは、暫(しばら)く返辞が無かった。しのび泣きかと思われる微(かす)かな声が時々洩(も)れるばかりである。ややあって、低い声が答えた。「如何にも自分は隴西の李徴である」と。

袁傪忘了恐惧,翻身下马,走近草丛,久别重逢,畅叙衷肠,无比眷恋。接着,问其何不自草丛中现身?李徵答曰:如今在下为异类之身,羞于在故人面前现出可怜相。再者,自己倘若现原形,必定使君产生畏惧厌恶之感。然而,在此与故人会面,实出乎意料之外,怀念之情,令在下暂且忘了顾忌。倘若不嫌在下外貌丑陋,请稍耽搁片刻,来与君之故友李徵本人重叙友情。

袁は恐怖を忘れ、馬から下りて叢に近づき、懐(なつ)かしげに久闊(きゅうかつ)を叙した。そして、何故(なぜ)叢から出て来ないのかと問うた。李徴の声が答えて言う。自分は今や異類の身となっている。どうして、おめおめと故人(とも)の前にあさましい姿をさらせようか。かつ又、自分が姿を現せば、必ず君に畏怖嫌厭(いふけんえん)の情を起させるに決っているからだ。しかし、今、図らずも故人に遇(あ)うことを得て、愧赧(きたん)の念をも忘れる程に懐かしい。どうか、ほんの暫くでいいから、我が醜悪な今の外形を厭(いと)わず、曾て君の友李徴であったこの自分と話を交してくれないだろうか。

之后想来,简直不可思议。那时,袁傪竟然坦率接受,对此超自然之怪异,毫不见怪。其命部下停止前行,自己站在草丛旁,与那可闻不可见之声音对谈起来。谈及京都传闻、旧友近况、袁傪现在地位、以及李徵对其祝福。在作了青年时代那样亲密无间的、毫无隔阂的谈话之后,袁傪询问李徵,因何缘故,变成现在之身?草中之声讲了以下故事。

後で考えれば不思議だったが、その時、袁は、この超自然の怪異を、実に素直に受容(うけい)れて、少しも怪もうとしなかった。彼は部下に命じて行列の進行を停(と)め、自分は叢の傍(かたわら)に立って、見えざる声と対談した。都の噂(うわさ)、旧友の消息、袁が現在の地位、それに対する李徴の祝辞。青年時代に親しかった者同志の、あの隔てのない語調で、それ等(ら)が語られた後、袁は、李徴がどうして今の身となるに至ったかを訊(たず)ねた。草中の声は次のように語った。

距今约一年前,在下出差,夜宿于汝水之滨,一觉醒来,张开眼睛,户外有人呼唤在下姓名。应声出外一看,其声音在黑暗中,频频召唤自己。不知不觉之中,寻其声而追去。在下毫无意识,幻如梦中,奔跑之中,不知何时进入山林,接着无意之中以左右手着地而行,狂奔不已。不知为何,感觉体内充满力量,轻轻跳过岩石。等在下清醒过来,手指尖胳膊下已长满毛发。天色渐明,于山谷溪流中,照见自己身影,业已成虎也。起初不信自己眼睛,继而想这不会是梦吧。在梦中,因为自己见过那样的事情,所以感觉那似乎是一场梦。一旦醒悟到那不是梦时,在下茫然不知所措,接着是恐惧。全然不知如何会发生这种事,在下深深感到害怕。然而为何发生这事,却不得而知。我等全然不知会发生什么事。我等温顺接受强加与人之事,却不知其缘由。不知其缘由地活下去,此乃我等之命运。在下想马上去死,然而此时,见眼前一只兔子奔走而过,自己体内之人性突然消失。当再次作为人张开眼时,口中已沾满兔子鲜血,周围散落着兔子毛皮。此乃在下为虎之最初经验。从那之后,直到如今,在下还不断做过些甚么,实在不忍再次提及。只是一日之中,必有若干时辰,返回人之意识。此时与昔日一样,操人之语言,具备复杂思考能力,亦可诵读经书章节。以人之心,审视为虎之暴虐行径,反省自己之命运,此乃最无情、最恐怖、最愤慨之时。然而返回人间之时辰,随着时日久远而日益缩短。直到如今,为如何变成虎而感到奇怪;没想到在此期间突然发现,自己以前为何曾是人?想来倍感恐怖。也许再过些时日,在下之人性,会完全消失在兽性习惯之中吧,犹如古老宫殿之基石,渐渐被沙土埋没。倘若如此,最终自己会忘记过去,作为一匹虎到处狂奔,绝不会像今日这样,即使途中遇君,也不会识别故人;即使将君生吞活剥,也毫不悔恨。兽也罢,人也罢,原本就是什么别的东西吧。开始记起了这些,慢慢地又忘了。难道从一开始,自己不是深信自己就是现在这个模样吗?唉,那样的事已无所谓了。也许自己人性完全消失之时,会感到修得正果吧。可是,在下却对此事感到无比恐惧。啊,何等恐怖,何等悲哀,简直难以想象啊。在下失去了人类记忆,这种心情谁能理解?谁能体会?只有与在下同为兽类者,即使如此,又将如何?在尚未完全变成兽类之前,请君答应在下一个要求。

今から一年程前、自分が旅に出て汝水のほとりに泊った夜のこと、一睡してから、ふと眼(め)を覚ますと、戸外で誰かが我が名を呼んでいる。声に応じて外へ出て見ると、声は闇の中から頻(しき)りに自分を招く。覚えず、自分は声を追うて走り出した。無我夢中で駈けて行く中に、何時(いつ)しか途は山林に入り、しかも、知らぬ間に自分は左右の手で地を攫(つか)んで走っていた。何か身体(からだ)中に力が充(み)ち満ちたような感じで、軽々と岩石を跳び越えて行った。気が付くと、手先や肱(ひじ)のあたりに毛を生じているらしい。少し明るくなってから、谷川に臨んで姿を映して見ると、既に虎となっていた。自分は初め眼を信じなかった。次に、これは夢に違いないと考えた。夢の中で、これは夢だぞと知っているような夢を、自分はそれまでに見たことがあったから。どうしても夢でないと悟らねばならなかった時、自分は茫然(ぼうぜん)とした。そうして懼(おそ)れた。全く、どんな事でも起り得るのだと思うて、深く懼れた。しかし、何故こんな事になったのだろう。分らぬ。全く何事も我々には判(わか)らぬ。理由も分らずに押付けられたものを大人しく受取って、理由も分らずに生きて行くのが、我々生きもののさだめだ。自分は直(す)ぐに死を想(おも)うた。しかし、その時、眼の前を一匹の兎(うさぎ)が駈け過ぎるのを見た途端に、自分の中の人間は忽ち姿を消した。再び自分の中の人間が目を覚ました時、自分の口は兎の血に塗(まみ)れ、あたりには兎の毛が散らばっていた。これが虎としての最初の経験であった。それ以来今までにどんな所行をし続けて来たか、それは到底語るに忍びない。ただ、一日の中に必ず数時間は、人間の心が還(かえ)って来る。そういう時には、曾ての日と同じく、人語も操(あやつ)れれば、複雑な思考にも堪え得るし、経書(けいしょ)の章句を誦(そら)んずることも出来る。その人間の心で、虎としての己(おのれ)の残虐(ざんぎゃく)な行(おこない)のあとを見、己の運命をふりかえる時が、最も情なく、恐しく、憤(いきどお)ろしい。しかし、その、人間にかえる数時間も、日を経るに従って次第に短くなって行く。今までは、どうして虎などになったかと怪しんでいたのに、この間ひょいと気が付いて見たら、己(おれ)はどうして以前、人間だったのかと考えていた。これは恐しいことだ。今少し経(た)てば、己(おれ)の中の人間の心は、獣としての習慣の中にすっかり埋(うも)れて消えて了(しま)うだろう。ちょうど、古い宮殿の礎(いしずえ)が次第に土砂に埋没するように。そうすれば、しまいに己は自分の過去を忘れ果て、一匹の虎として狂い廻り、今日のように途で君と出会っても故人(とも)と認めることなく、君を裂き喰(くろ)うて何の悔も感じないだろう。一体、獣でも人間でも、もとは何か他(ほか)のものだったんだろう。初めはそれを憶えているが、次第に忘れて了い、初めから今の形のものだったと思い込んでいるのではないか? いや、そんな事はどうでもいい。己の中の人間の心がすっかり消えて了えば、恐らく、その方が、己はしあわせになれるだろう。だのに、己の中の人間は、その事を、この上なく恐しく感じているのだ。ああ、全く、どんなに、恐しく、哀(かな)しく、切なく思っているだろう! 己が人間だった記憶のなくなることを。この気持は誰にも分らない。誰にも分らない。己と同じ身の上に成った者でなければ。ところで、そうだ。己がすっかり人間でなくなって了う前に、一つ頼んで置きたいことがある。

袁傪一行屏住呼吸,倾听来自草丛中那不可思议之故事,那声音还在继续。

自己原来除了想成为诗人之外,并无其他想法。然而,夙业未成,却遭如此命运。在下曾做诗数百篇,尚未在业内流传,诗稿亦不知所在。然而心中尚记诵其中数十首,请君代为记录。并非想借此成为一流诗人,也不知诗作之巧与拙,总之,倘若不将这些使在下倾家荡产、枉费苦心、一生执着写就之诗作,哪怕是一部分传给后代,在下即便死去,也死不瞑目。

袁傪命部下取来笔墨,随草丛中声音记录。李徵之声从草丛中朗朗响起,长短凡三十篇,格调高雅,意趣卓逸,一读便知作者之才华非凡。然而,袁傪在感叹之余,又感到茫然。诚然,作者素质非一流莫属,无可置疑,然而即便如此,要成为一流作品,在非常微妙之处,似乎又缺点什么。

 袁はじめ一行は、息をのんで、叢中(そうちゅう)の声の語る不思議に聞入っていた。声は続けて言う。

 他でもない。自分は元来詩人として名を成す積りでいた。しかも、業未(いま)だ成らざるに、この運命に立至った。曾て作るところの詩数百篇(ぺん)、固(もと)より、まだ世に行われておらぬ。遺稿の所在も最早(もはや)判らなくなっていよう。ところで、その中、今も尚(なお)記誦(きしょう)せるものが数十ある。これを我が為(ため)に伝録して戴(いただ)きたいのだ。何も、これに仍(よ)って一人前の詩人面(づら)をしたいのではない。作の巧拙は知らず、とにかく、産を破り心を狂わせてまで自分が生涯(しょうがい)それに執着したところのものを、一部なりとも後代に伝えないでは、死んでも死に切れないのだ。

袁は部下に命じ、筆を執って叢中の声に随(したが)って書きとらせた。李徴の声は叢の中から朗々と響いた。長短凡(およ)そ三十篇、格調高雅、意趣卓逸、一読して作者の才の非凡を思わせるものばかりである。しかし、袁は感嘆しながらも漠然(ばくぜん)と次のように感じていた。成程(なるほど)、作者の素質が第一流に属するものであることは疑いない。しかし、このままでは、第一流の作品となるのには、何処(どこ)か(非常に微妙な点に於(おい)て)欠けるところがあるのではないか、と。

吟罢旧诗,李徵声调突然一变,如自嘲般说道:

羞煞在下也!即使变成如今之模样,仍然在梦中见到,在下之诗集在长安风流人士之桌上放着。此乃在下卧榻于石窟之中所作之梦吧。请嘲笑吧!嘲笑梦想成为诗人,却错变成虎之可怜男儿吧。(袁傪想起青年李徵有自嘲之癖,仍悲伤地听着.)好吧,既然是笑柄,在下即席做诗一首,借此见证此虎之中,仍有昔日之李徵还活着。

 旧詩を吐き終った李徴の声は、突然調子を変え、自らを嘲(あざけ)るか如(ごと)くに言った。

羞(はずか)しいことだが、今でも、こんなあさましい身と成り果てた今でも、己(おれ)は、己の詩集が長安(ちょうあん)風流人士の机の上に置かれている様を、夢に見ることがあるのだ。岩窟(がんくつ)の中に横たわって見る夢にだよ。嗤(わら)ってくれ。詩人に成りそこなって虎になった哀れな男を。(袁は昔の青年李徴の自嘲癖(じちょうへき)を思出しながら、哀しく聞いていた。)そうだ。お笑い草ついでに、今の懐(おもい)を即席の詩に述べて見ようか。この虎の中に、まだ、曾ての李徴が生きているしるしに。

袁傪再次命下吏记录此诗,其诗如下:

偶因狂疾成异类  灾患相叠不可逃

今日爪牙谁可敌  当时声誉共称赞

我为异物蓬茅下  君已乘轺气势豪

此夕溪山对明月  不为长啸但成嚎

 袁は又下吏に命じてこれを書きとらせた。その詩に言う。

   偶因狂疾成殊類 災患相仍不可逃

   今日爪牙誰敢敵 当時声跡共相高

   我為異物蓬茅下 君已乗轺気勢豪

   此夕渓山対明月 不成長嘯但成嚎

时值残月,月光冷峻,白露遍地,冷风穿越树间,宣告拂晓将至。人们忘却最初事情之奇异,肃然起敬,为诗人之不幸而感叹。李徵之声音复又响起:

何以遭此命运,按照先前所说,已无法判断,然而,如仔细思忖,也全然可以猜想到。回想在人间之时,在下刻意回避与人交往。人人以为在下桀骜不驯,妄自尊大。其实,此乃近乎自卑之羞耻心在作祟,他人却对此一无所知。当然,在下曾为乡党之鬼,不能说无自尊心。然而,那应该是病态之自尊心罢了。在下虽想成就诗名,却不愿主动拜师,亦耻于结交诗友,切磋诗艺,力求进步。反过来说,在下不屑与俗人为伍,完全是病态之自尊心与妄自尊大之羞耻心所致。即担忧自己非珠玉之才,又不肯刻苦磨练;因自己对成才之路半信半疑,又不肯碌碌无为,与瓦砾为伍。渐渐远离尘世,疏远人间,作为结果,愤懑与惭愧,养肥了内心本来孱弱之自尊心。无论是谁,皆有猛兽之一面,抵挡该猛兽者,各人之性情也。在下之猛兽,即妄自尊大之羞耻心,即虎也。其不但损害自己,而且苦了妻子,伤了友人,作为结果,自己变得缺少外形,恰如与内心不相称。如今想来,皆空耗了自己仅有之才华。所谓人生何事不做,则嫌过于长久;何事皆为,则嫌过于短暂,只不过是文人玩弄之口头禅,事实上,却暴露了自己才能之不足,怯懦之畏惧感,厌恶刻苦磨练之懒惰而已。比自己远远缺少才能之人,由于专心磨练,成为堂堂诗家者大有人在。如今为虎,在下渐渐明白了一切。如此想来,自己现在胸中似火烧,悔恨不已。在下已不能过昔日人间生活,假如现在自己头脑中做出奇妙诗文,又以何种手段发表呢?况且,自己头脑与虎日益相近,该如何才好?自己空耗了过去,已不堪回首。此时自己向着对面山顶之岩石,向着空谷吼叫。满腔悲哀,想对谁述说?昨夜于他处,在下对月咆哮,谁都不能解此苦涩;然而,野兽听了此叫声,只会恐惧而匍伏于地。山也好,树也好,月也好,露也好,当一匹虎在怒吼狂叫,却不认为其在咆哮,无论怎样抢天夺地,哀叹长吟,无一人能理解在下容易伤害之心。浸湿了自己皮毛,又岂是是夜露而已?

四处渐渐昏暗下来,林间传来不知从何处吹响之黎明号角,哀怨而凄婉。

 時に、残月、光冷(ひや)やかに、白露は地に滋(しげ)く、樹間を渡る冷風は既に暁の近きを告げていた。人々は最早、事の奇異を忘れ、粛然として、この詩人の薄倖(はっこう)を嘆じた。李徴の声は再び続ける。

 何故(なぜ)こんな運命になったか判らぬと、先刻は言ったが、しかし、考えように依(よ)れば、思い当ることが全然ないでもない。人間であった時、己(おれ)は努めて人との交(まじわり)を避けた。人々は己を倨傲(きょごう)だ、尊大だといった。実は、それが殆(ほとん)ど羞恥心(しゅうちしん)に近いものであることを、人々は知らなかった。勿論(もちろん)、曾ての郷党(きょうとう)の鬼才といわれた自分に、自尊心が無かったとは云(い)わない。しかし、それは臆病(おくびょう)な自尊心とでもいうべきものであった。己は詩によって名を成そうと思いながら、進んで師に就いたり、求めて詩友と交って切磋琢磨(せっさたくま)に努めたりすることをしなかった。かといって、又、己は俗物の間に伍(ご)することも潔(いさぎよ)しとしなかった。共に、我が臆病な自尊心と、尊大な羞恥心との所為(せい)である。己(おのれ)の珠(たま)に非(あら)ざることを惧(おそ)れるが故(ゆえ)に、敢(あえ)て刻苦して磨(みが)こうともせず、又、己の珠なるべきを半ば信ずるが故に、碌々(ろくろく)として瓦(かわら)に伍することも出来なかった。己(おれ)は次第に世と離れ、人と遠ざかり、憤悶(ふんもん)と慙恚(ざんい)とによって益々(ますます)己(おのれ)の内なる臆病な自尊心を飼いふとらせる結果になった。人間は誰でも猛獣使であり、その猛獣に当るのが、各人の性情だという。己(おれ)の場合、この尊大な羞恥心が猛獣だった。虎だったのだ。これが己を損い、妻子を苦しめ、友人を傷つけ、果ては、己の外形をかくの如く、内心にふさわしいものに変えて了ったのだ。今思えば、全く、己は、己の有(も)っていた僅(わず)かばかりの才能を空費して了った訳だ。人生は何事をも為(な)さぬには余りに長いが、何事かを為すには余りに短いなどと口先ばかりの警句を弄(ろう)しながら、事実は、才能の不足を暴露(ばくろ)するかも知れないとの卑怯(ひきょう)な危惧(きぐ)と、刻苦を厭(いと)う怠惰とが己の凡(すべ)てだったのだ。己よりも遥かに乏しい才能でありながら、それを専一に磨いたがために、堂々たる詩家となった者が幾らでもいるのだ。虎と成り果てた今、己は漸(ようや)くそれに気が付いた。それを思うと、己は今も胸を灼(や)かれるような悔を感じる。己には最早人間としての生活は出来ない。たとえ、今、己が頭の中で、どんな優れた詩を作ったにしたところで、どういう手段で発表できよう。まして、己の頭は日毎(ひごと)に虎に近づいて行く。どうすればいいのだ。己の空費された過去は? 己は堪(たま)らなくなる。そういう時、己は、向うの山の頂の巖(いわ)に上り、空谷(くうこく)に向って吼(ほ)える。この胸を灼く悲しみを誰かに訴えたいのだ。己は昨夕も、彼処(あそこ)で月に向って咆(ほ)えた。誰かにこの苦しみが分って貰(もら)えないかと。しかし、獣どもは己の声を聞いて、唯(ただ)、懼(おそ)れ、ひれ伏すばかり。山も樹(き)も月も露も、一匹の虎が怒り狂って、哮(たけ)っているとしか考えない。天に躍り地に伏して嘆いても、誰一人己の気持を分ってくれる者はない。ちょうど、人間だった頃、己の傷つき易(やす)い内心を誰も理解してくれなかったように。己の毛皮の濡(ぬ)れたのは、夜露のためばかりではない。

漸く四辺(あたり)の暗さが薄らいで来た。木の間を伝って、何処(どこ)からか、暁角(ぎょうかく)が哀しげに響き始めた。

已经晚了,不得不告别了。在下陶醉之时辰到了(在下返回虎形之时辰到了),李徵之声道。辞别前,在下还有一事请求,事关在下妻儿。其仍然居住虢略,根本不知在下之命运。倘若君自南方返回,烦请君告知,在下业已故去,万不可言明今日实情。此乃在下厚颜之请求,怜其孤寡幼儿,若补贴一二,今后免于在道途中受饥冻之苦,对在下来说,非惠顾莫属。

最早、別れを告げねばならぬ。酔わねばならぬ時が、(虎に還らねばならぬ時が)近づいたから、と、李徴の声が言った。だが、お別れする前にもう一つ頼みがある。それは我が妻子のことだ。彼等(かれら)は未(ま)だ虢略(かくりゃく)にいる。固より、己の運命に就いては知る筈(はず)がない。君が南から帰ったら、己は既に死んだと彼等に告げて貰えないだろうか。決して今日のことだけは明かさないで欲しい。厚かましいお願だが、彼等の孤弱を憐(あわ)れんで、今後とも道塗(どうと)に飢凍(きとう)することのないように計らって戴けるならば、自分にとって、恩倖(おんこう)、これに過ぎたるは莫(な)い。

言毕,草丛中可闻恸哭之声。袁傪亦噙泪,欣然应允李徴之请求。李徵之声马上又回到先前自嘲之口吻,曰:

在下若果真是人,应最先请求此事。然而,在下关注自己微不足道之诗业,远胜于饥寒交迫之妻子,堕落为此兽身,不足怪也!

 言終って、叢中から慟哭(どうこく)の声が聞えた。袁もまた涙を泛(うか)べ、欣(よろこ)んで李徴の意に副(そ)いたい旨(むね)を答えた。李徴の声はしかし忽(たちま)ち又先刻の自嘲的な調子に戻(もど)って、言った。

本当は、先(ま)ず、この事の方を先にお願いすべきだったのだ、己が人間だったなら。飢え凍えようとする妻子のことよりも、己(おのれ)の乏しい詩業の方を気にかけているような男だから、こんな獣に身を堕(おと)すのだ。

在下想再补充一句话,袁兄自岭南归来,切不可再走此道。因那时在下或许陶醉自身,不识故人而袭击路人。今在此一别,去前方百步之所在,于山丘之上,请再回首一顾,请再看一眼在下现在之模样。不是在下自夸豪勇,而是展示在下丑恶身姿,这样,君再也不会有经过此处,与在下相见之心情了。

そうして、附加(つけくわ)えて言うことに、袁が嶺南からの帰途には決してこの途(みち)を通らないで欲しい、その時には自分が酔っていて故人(とも)を認めずに襲いかかるかも知れないから。又、今別れてから、前方百歩の所にある、あの丘に上ったら、此方(こちら)を振りかえって見て貰いたい。自分は今の姿をもう一度お目に掛けよう。勇に誇ろうとしてではない。我が醜悪な姿を示して、以(もっ)て、再び此処(ここ)を過ぎて自分に会おうとの気持を君に起させない為であると。

袁傪面向草丛,叙说道别之言,翻身上马。草丛中又传出难以抑制之悲泣。袁傪几度向草丛回头,含泪出发。

 一行走上山丘,依照先前嘱咐,回首眺望方才停留之树林草地。忽见一匹猛虎从茂密草丛中跃出。朝着失去白光之残月,仰天长哮,两三声后,又跃入草丛,再也未见其踪影。

 袁は叢に向って、懇(ねんご)ろに別れの言葉を述べ、馬に上った。叢の中からは、又、堪(た)え得ざるが如き悲泣(ひきゅう)の声が洩(も)れた。袁も幾度か叢を振返りながら、涙の中に出発した。

 一行が丘の上についた時、彼等は、言われた通りに振返って、先程の林間の草地を眺(なが)めた。忽ち、一匹の虎が草の茂みから道の上に躍り出たのを彼等は見た。虎は、既に白く光を失った月を仰いで、二声三声咆哮(ほうこう)したかと思うと、又、元の叢に躍り入って、再びその姿を見なかった。

王志镐译自《青云文库》

2010年7月 7日

注:

虢州在河南省,现在的河南省灵宝市。

虢州,隋朝时设置的州。

开皇三年(583年)改东义州置,治所在卢氏县(今河南省卢氏县)。大业初年废。唐朝武德元年(618年)复置,贞观中移治弘农县(宋改名虢略县,今河南省灵宝市)。天宝元年(742年)改为弘农郡,乾元元年(758年)复为虢州。辖境相当今河南省西部灵宝、栾川以西、伏牛山以北地。宋朝后略缩。元朝至元八年(1271年)废入陕州。产澄泥砚,唐代列为第一。

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