一串葡萄

一串葡萄

有島武郎

翻译 王志镐

        一

僕は小さい時に絵を描(か)くことが好きでした。僕の通(かよ)っていた学校は横浜(よこはま)の山(やま)の手(て)という所にありましたが、そこいらは西洋人ばかり住んでいる町で、僕の学校も教師は西洋人ばかりでした。そしてその学校の行きかえりにはいつでもホテルや西洋人の会社などがならんでいる海岸の通りを通るのでした。通りの海添いに立って見ると、真青(まっさお)な海の上に軍艦だの商船だのが一ぱいならんでいて、煙突から煙の出ているのや、檣(ほばしら)から檣へ万国旗をかけわたしたのやがあって、眼がいたいように綺麗(きれい)でした。僕はよく岸に立ってその景色(けしき)を見渡して、家(いえ)に帰ると、覚えているだけを出来るだけ美しく絵に描かいて見ようとしました。けれどもあの透きとおるような海の藍色(あいいろ)と、白い帆前船などの水際(みずぎわ)近くに塗ってある洋紅色(ようこうしょく)とは、僕の持っている絵具えのぐではどうしてもうまく出せませんでした。いくら描いても描いても本当の景色で見るような色には描けませんでした。

我小时候喜欢画画。我所上的学校在有一个叫横滨山手的地方,那是一个只有外国人住的城镇,就连我学校里的教师也都是外国人。在我上下学路过的地方,饭店和洋人会社鳞次栉比,一直通往海岸。站在沿海大道望过去,蔚蓝大海上停满了军舰和商船,从烟囱里冒出黑烟,桅杆之间挂满了万国旗,无比的绚丽夺目。我经常站在岸边眺望那美丽的景色,一回到家里就尽我所能将记住的美丽画面画下来。可是那清澈的蓝色海洋以及挂着白帆的船只的水际附近涂着的洋红色,我所拥有的颜料是无论如何画不出来的。无论我怎样画了又画,描了又描,都不能将原来的景色如见到的那样的颜色画出来。

ふと僕は学校の友達の持っている西洋絵具を思い出しました。その友達は矢張やはり西洋人で、しかも僕より二つ位齢としが上でしたから、身長せいは見上げるように大きい子でした。ジムというその子の持っている絵具は舶来の上等のもので、軽い木の箱の中に、十二種いろの絵具が小さな墨のように四角な形にかためられて、二列にならんでいました。どの色も美しかったが、とりわけて藍と洋紅とは喫驚びっくりするほど美しいものでした。ジムは僕より身長せいが高いくせに、絵はずっと下手へたでした。それでもその絵具をぬると、下手な絵さえがなんだか見ちがえるように美しく見えるのです。僕はいつでもそれを羨うらやましいと思っていました。あんな絵具さえあれば僕だって海の景色を本当に海に見えるように描かいて見せるのになあと、自分の悪い絵具を恨みながら考えました。そうしたら、その日からジムの絵具がほしくってほしくってたまらなくなりました。けれども僕はなんだか臆病)おくび)ょうになってパパにもママにも買って下さいと願う気になれないので、毎日々々その絵具のことを心の中で思いつづけるばかりで幾日か日がたちました。

我突然想起来,在我的学校里有一位朋友有外国产的颜料,那个朋友也是个外国人,比我大两岁,是个需要仰望的大个子。他叫吉姆,有进口的上等颜料,放在用软木做的盒子中,十二种颜色的颜料做成四方形的小墨块,分两排堆放着。哪一种颜料都很精美,尤其是蓝色和洋红色更是美得惊人。吉姆虽然个子高,画技却很差。尽管如此,他只要涂上那种颜料,画得很差的画也会看上去显得很美,简直不像是他画的。我一直很羡慕那盒颜料,心想只要我有了那盒颜料,就能将大海画得像真的一样,并悔恨自己只有蹩脚的颜料。就那样从那天起,我就想得到吉姆的颜料,想得不得了。可是我又不知是得了什么癔病似的,没有勇气让爸爸妈妈给买,只是每天在心里连续不断地想着那颜料,就这样又过去几天。

今ではいつの頃(ころ)だったか覚えてはいませんが秋だったのでしょう。葡萄(ぶどう)の実が熟していたのですから。天気は冬が来る前の秋によくあるように空の奥の奥まで見すかされそうに霽はれわたった日でした。僕達は先生と一緒に弁当をたべましたが、その楽しみな弁当の最中でも僕の心はなんだか落着かないで、その日の空とはうらはらに暗かったのです。僕は自分一人で考えこんでいました。誰たれかが気がついて見たら、顔も屹度きっと青かったかも知れません。僕はジムの絵具がほしくってほしくってたまらなくなってしまったのです。胸が痛むほどほしくなってしまったのです。ジムは僕の胸の中で考えていることを知っているにちがいないと思って、そっとその顔を見ると、ジムはなんにも知らないように、面白そうに笑ったりして、わきに坐すわっている生徒と話はなしをしているのです。でもその笑っているのが僕のことを知っていて笑っているようにも思えるし、何か話をしているのが、「いまに見ろ、あの日本人が僕の絵具を取るにちがいないから。」といっているようにも思えるのです。僕はいやな気持ちになりました。けれどもジムが僕を疑っているように見えれば見えるほど、僕はその絵具がほしくてならなくなるのです。

如今已经记不得是什么时候的事了,应该是秋天吧,因为葡萄熟了。天气是冬季来临前的晚秋,是个秋高气爽,能看透天空的深处,是一个万里无云的日子。我们和老师一起吃着便当,而如此愉快的午餐我却心不在焉,与那天的天空相反,我的心里阴沉沉的。我只顾自己一个人想事情,若是有人注意到我,一定会看到我脸色发青。我太想得到吉姆的颜料却无法得到,想得我胸口发疼。我想,吉姆一定猜到我的心思了,就偷偷瞥了他一眼,而吉姆像是一无所知似的高兴地笑着,与坐在身边的同学聊天。不过那种笑似乎是猜透了我的心思的笑,好像是在说:“现在瞧着吧,那个日本人肯定会偷走我的颜料!”我一直在那样想着,并感到有点厌烦了。我越是觉得吉姆在怀疑我,就越是想得到那盒颜料。

僕はかわいい顔はしていたかも知れないが体からだも心も弱い子でした。その上臆病者(おくびょうもの)で、言いたいことも言わずにすますような質たちでした。だからあんまり人からは、かわいがられなかったし、友達もない方でした。昼御飯がすむと他ほかの子供達は活溌かっぱつに運動場うんどうばに出て走りまわって遊びはじめましたが、僕だけはなおさらその日は変に心が沈んで、一人だけ教場(きょうじょう)に這入(はい)っていました。そとが明るいだけに教場の中は暗くなって僕の心の中のようでした。自分の席に坐すわっていながら僕の眼は時々ジムの卓テイブルの方に走りました。ナイフで色々ないたずら書きが彫りつけてあって、手垢てあかで真黒まっくろになっているあの蓋ふたを揚あげると、その中に本や雑記帳や石板せきばんと一緒になって、飴あめのような木の色の絵具箱があるんだ。そしてその箱の中には小さい墨のような形をした藍や洋紅の絵具が……僕は顔が赤くなったような気がして、思わずそっぽを向いてしまうのです。けれどもすぐ又また横眼でジムの卓テイブルの方を見ないではいられませんでした。胸のところがどきどきとして苦しい程ほどでした。じっと坐っていながら夢で鬼にでも追いかけられた時のように気ばかりせかせかしていました。

我的样子也许很可爱,但是个身体和心灵都很脆弱的孩子,而且胆小怕事,想说的话也不说,装作如无其事的样子。所以因为太过分,不被人喜欢,也没有朋友。吃过午饭后,其他的孩子们兴高采烈地跑进运动场,开始到处跑来跑去玩,只有我一个人那天心情特别沉重,一个人走进了教室。正因为外面很明亮,教室里变得很暗,就像我的心里一样。坐在自己的座位上,我的眼睛时不时地朝吉姆的桌边跑去。用小刀刻着各种各样的涂鸦,举起手上沾满了污垢、黑黑黑黑的盖子,里面有书、杂记本和石板板板板板板,还有糖果糖一样的木色颜料盒。然后那个箱子里有小小的墨一样形状的蓝色和洋红色的颜料……我觉得脸好像变红了,不由得把头扭向一边。但是马上又忍不住用斜眼看吉姆的桌子。胸口七上八下的难受。坐在那里一动不动,就像梦里被鬼追赶一样,慌慌张张的。

教場に這入はいる鐘がかんかんと鳴りました。僕は思わずぎょっとして立上りました。生徒達が大きな声で笑ったり呶鳴(どな)ったりしながら、洗面所の方に手を洗いに出かけて行くのが窓から見えました。僕は急に頭の中が氷のように冷たくなるのを気味悪く思いながら、ふらふらとジムの卓テイブルの所に行って、半分夢のようにそこの蓋を揚げて見ました。そこには僕が考えていたとおり雑記帳や鉛筆箱とまじって見覚えのある絵具箱がしまってありました。なんのためだか知らないが僕はあっちこちを見廻みまわしてから、誰も見ていないなと思うと、手早くその箱の蓋を開けて藍と洋紅との二色ふたいろを取上げるが早いかポッケットの中に押込みました。そして急いでいつも整列して先生を待っている所に走って行きました。

进教室的钟声当当地响了,我不由得吓了一跳站了起来。学生们一边大声笑着,一边大叫着,我从窗户里看见他们从厕所洗完手出来。我突然觉得脑袋里像冰一样凉,心里很不舒服,摇摇晃晃地朝吉姆的书桌走去,如做梦似的掀开了盖子。那里正如我所想的那样,放着杂记本、铅笔盒和我见过的颜料盒。不知道为什么,我环顾了一下周围,一想到好像没人看见,就赶紧打开盒子的盖子,拿起蓝和洋红色的两种颜色的盖子,很快就塞进了口袋里。然后急急忙忙地去老师经常等待学生排队的地方。

僕達は若い女の先生に連れられて教場に這入り銘々の席に坐りました。僕はジムがどんな顔をしているか見たくってたまらなかったけれども、どうしてもそっちの方をふり向くことができませんでした。でも僕のしたことを誰も気のついた様子がないので、気味が悪いような、安心したような心持ちでいました。僕の大好きな若い女の先生の仰おっしゃることなんかは耳に這入りは這入ってもなんのことだかちっともわかりませんでした。先生も時々不思議そうに僕の方を見ているようでした。

我们被年轻的女老师带到教室,各自坐在座位上。我非常想看看吉姆是什么样的表情,却怎么也不能回头朝着那个方向看。但是因为没有人注意到我做的事,所以我有一种虽然心情不佳,却很安心的感觉。我最喜欢的年轻女老师说的话,她的话虽然传入我的耳朵,我却完全听不懂。老师有时也似乎不可思议地看着我。

僕は然(しか)し先生の眼を見るのがその日に限ってなんだかいやでした。そんな風で一時間がたちました。なんだかみんな耳こすりでもしているようだと思いながら一時間がたちました。

我盯着老师眼睛看也不限于只是那天,可是我总觉得有点不对劲,就这样过了一个小时。总觉得大家好像都在咬耳朵,一个小时就这样过去了。

教場を出る鐘が鳴ったので僕はほっと安心して溜息ためいきをつきました。けれども先生が行ってしまうと、僕は僕の級きゅうで一番大きな、そしてよく出来る生徒に「ちょっとこっちにお出いで」と肱ひじの所を掴つかまれていました。僕の胸は宿題をなまけたのに先生に名を指さされた時のように、思わずどきんと震えはじめました。けれども僕は出来るだけ知らない振りをしていなければならないと思って、わざと平気な顔をしたつもりで、仕方なしに運動場うんどうばの隅すみに連れて行かれました。

下课的钟声响了,我放心地叹了一口气。但是老师一走,我就被我班上最大而且成绩最好的学生抓住了胳膊肘子,说:“到这边来。”。我的心就像懒得写作业却被老师点名的时候一样,禁不住扑通一声颤抖起来。但是我觉得必须要尽量装作不知道,所以故意装作满不在乎的样子,没办法,就被带到了操场的角落。

「君はジムの絵具を持っているだろう。ここに出し給たまえ。」

 そういってその生徒は僕の前に大きく拡ひろげた手をつき出しました。そういわれると僕はかえって心が落着いて、

「そんなもの、僕持ってやしない。」と、ついでたらめをいってしまいました。そうすると三四人の友達と一緒に僕の側そばに来ていたジムが、

“你有吉姆的颜料吧。交给我吧。”

说着那个学生在我面前伸出了大大张开的手。他这么一说,我反而镇静下来。

“那样的东西,我没有。”我不由得信口否认。如此一来,吉姆和三四个朋友一起来到我身边,说:

「僕は昼休みの前にちゃんと絵具箱を調べておいたんだよ。一つも失なくなってはいなかったんだよ。そして昼休みが済んだら二つ失くなっていたんだよ。そして休みの時間に教場にいたのは君だけじゃないか。」と少し言葉を震わしながら言いかえしました。

“我午休前已经好好查过颜料盒了。一个也没有丢失。然后午休结束后就丢了两个。休息的时候不只有你一个人在教室吗?”他还嘴道,说话时有点哆嗦。

僕はもう駄目(だめだ)と思うと急に頭の中に血が流れこんで来て顔が真赤まっかになったようでした。すると誰だったかそこに立っていた一人がいきなり僕のポッケットに手をさし込もうとしました。僕は一生懸命にそうはさせまいとしましたけれども、多勢(たぜい)に無勢(ぶぜい)で迚とても叶かないません。僕のポッケットの中からは、見る見るマーブル球だま(今のビー球だまのことです)や鉛のメンコなどと一緒に二つの絵具のかたまりが掴み出されてしまいました。「それ見ろ」といわんばかりの顔をして子供達は憎らしそうに僕の顔を睨にらみつけました。僕の体(からだ)はひとりでにぶるぶる震えて、眼の前が真暗まっくらになるようでした。いいお天気なのに、みんな休時間を面白そうに遊び廻っているのに、僕だけは本当に心からしおれてしまいました。あんなことをなぜしてしまったんだろう。取りかえしのつかないことになってしまった。もう僕は駄目だ。そんなに思うと弱虫だった僕は淋(さび)しく悲しくなって来て、しくしくと泣き出してしまいました。

「泣いておどかしたって駄目だよ」とよく出来る大きな子が馬鹿にするような憎みきったような声で言って、動くまいとする僕をみんなで寄ってたかって二階に引張って行こうとしました。僕は出来るだけ行くまいとしたけれどもとうとう力まかせに引きずられて階子段(はしごだん)を登らせられてしまいました。そこに僕の好きな受持ちの先生の部屋へやがあるのです。

我一想完了,脑子里突然流了血,脸变得通红通红。不知道是谁,站在那里的一个人突然把手伸进了我的口袋。我虽然努力不让他那样做,但是他们人多势众,我无计可施。从我的口袋里,眼看着大理石球(即如今的玻璃球)和拍洋画等,和两个颜料块一起被抓出来了,孩子们一脸厌恶地瞪着我的脸。我的身体自然而然地颤抖起来,眼前一片漆黑。明明是个好天气,大家在休息时间玩得很开心,只有我心里真的很沮丧。为什么做了那样的事,而且无法挽回的了呢?我完了。那样一想,胆小的我感到空寂悲伤,抽抽搭搭地哭了起来。

“用哭来吓唬我是不行的,”平时学习好的大个子用令人厌恶的声音说着,大家聚集在一起想要把动弹不得的我拉到二楼去。尽管我不想去,但最终还是被尽力拖到楼梯那儿上楼去了。那里有我喜欢的班主任老师的房间。

やがてその部屋の戸をジムがノックしました。ノックするとは這入はいってもいいかと戸をたたくことなのです。中からはやさしく「お這入はいり」という先生の声が聞こえました。僕はその部屋に這入る時ほどいやだと思ったことはまたとありません。

何か書きものをしていた先生はどやどやと這入って来た僕達を見ると、少し驚いたようでした。が、女の癖に男のように頸くびの所でぶつりと切った髪の毛を右の手で撫なであげながら、いつものとおりのやさしい顔をこちらに向けて、一寸ちょっと首をかしげただけで何の御用という風をしなさいました。そうするとよく出来る大きな子が前に出て、僕がジムの絵具を取ったことを委くわしく先生に言いつけました。先生は少し曇った顔付きをして真面目(まじめ)にみんなの顔や、半分泣きかかっている僕の顔を見くらべていなさいましたが、僕に「それは本当ですか。」と聞かれました。本当なんだけれども、僕がそんないやな奴やつだということをどうしても僕の好きな先生に知られるのがつらかったのです。だから僕は答える代りに本当に泣き出してしまいました。

不一会儿吉姆敲响了那个房间的门,敲门之后问可以进来吗。从里面传来了老师温柔的“请进”的声音。我进入房间时感到无比的厌烦。

正写着什么东西的老师看到突然进来的我们,好像有点吃惊。但是,明明是女人,却像男人一样,用右手抚摸着脖子处的头发,像往常一样温柔的脸朝着这边,稍微歪了下头,好像有什么事。于是,一个很能干的大孩子走到了前面,详细地告诉老师我拿了吉姆的颜料。老师脸色有点阴沉,认真地比较了大家的脸和我快要哭出来的脸,然后对我说:“那是真的吗?”虽然是真的,但是无论如何都很难让我喜欢的老师知道,我竟然是那种讨厌的家伙。所以我没有回答,而是真的哭了起来。

先生は暫しばらく僕を見つめていましたが、やがて生徒達に向って静かに「もういってもようございます。」といって、みんなをかえしてしまわれました。生徒達は少し物足らなそうにどやどやと下に降りていってしまいました。

先生は少しの間なんとも言わずに、僕の方も向かずに自分の手の爪を見つめていましたが、やがて静かに立って来て、僕の肩かたの所を抱きすくめるようにして「絵具はもう返しましたか。」と小さな声で仰(おっしゃい)ました。僕は返したことをしっかり先生に知ってもらいたいので深々と頷うなずいて見せました。

老师一直盯着我看了一会,不久就向学生们平静地说:“可以走了。”说完,大家都回去了。学生们似乎并不十分满意,簇拥着到楼下去了。

老师有一会儿也没说什么,也没朝我这边看,只是盯着自己的手指甲看,不久静静地站了过来,紧紧抱着我肩膀。“把颜料还了好吗?”她小声地说。我想老师肯定知道我会归还的,所以深深地点了点头。

「あなたは自分のしたことをいやなことだったと思っていますか。」

もう一度そう先生が静かに仰った時には、僕はもうたまりませんでした。ぶるぶると震えてしかたがない唇(くちびる)を、噛かみしめても噛みしめても泣声が出て、眼からは涙がむやみに流れて来るのです。もう先生に抱かれたまま死んでしまいたいような心持ちになってしまいました。

「あなたはもう泣くんじゃない。よく解わかったらそれでいいから泣くのをやめましょう、ね。次ぎの時間には教場に出ないでもよろしいから、私(わたくし)のこのお部屋に入らっしゃい。静かにしてここに入らっしゃい。私が教場から帰るまでここに入らっしゃいよ。いい。」と仰りながら僕を長椅子ながいすに坐すわらせて、その時また勉強の鐘がなったので、机の上の書物を取り上げて、僕の方を見ていられましたが、二階の窓まで高く這はい上あがった葡萄蔓ぶどうづるから、一房ひとふさの西洋葡萄をもぎって、しくしくと泣きつづけていた僕の膝ひざの上にそれをおいて静かに部屋を出て行きなさいました。

“你觉得自己做的事很讨厌吗?”

老师再一次平静地仰视的时候,我已经受不了了。浑身颤抖,把嘴唇咬了又咬,大声哭起来,眼泪从眼睛里滚滚流出。我都有了想在老师的怀抱中死去的心思。

“请不要再哭了。明白了就好,所以不要再哭了。下一个课时不去教室也可以,请进入我的房间。请安静地待在这里。在我从教室回来之前请在这里,好吗?」我仰着头坐在长椅子上,这时又响起了上课的钟声,她拿起桌子上的书,朝我看了看,从高高的二楼窗户的葡萄蔓上,摘下一串西洋葡萄,把它放在一直抽抽搭搭哭泣的我的膝盖上,静静地离开了房间。

一時(いちじ)がやがやとやかましかった生徒達はみんな教場きょうじょうに這入はいって、急にしんとするほどあたりが静かになりました。僕は淋(さびしく)って淋しくってしようがない程ほど悲しくなりました。あの位好きな先生を苦しめたかと思うと僕は本当に悪いことをしてしまったと思いました。葡萄(ぶどう)などは迚とても喰たべる気になれないでいつまでも泣いていました。

一段时间吵吵闹闹的学生们都走进了教室,周围突然安静下来,静得让人毛骨悚然。我寂寞得不得了,悲伤得不得了。一想到让喜欢的老师感到痛苦,我就觉得真的做了坏事。葡萄之类的食物,我一点也不想吃,一直在哭。

ふと僕は肩を軽くゆすぶられて眼をさましました。僕は先生の部屋へやでいつの間にか泣寝入りをしていたと見えます。少し痩やせて身長せいの高い先生は笑顔えがおを見せて僕を見おろしていられました。僕は眠ったために気分がよくなって今まであったことは忘れてしまって、少し恥しそうに笑いかえしながら、慌あわてて膝の上から辷すべり落ちそうになっていた葡萄の房をつまみ上げましたが、すぐ悲しいことを思い出して笑いも何も引込んでしまいました。

突然我的肩膀被轻轻地摇晃了一下,睁开了眼睛。我在老师的房间里不知什么时候哭着睡着了。高个子、有点瘦的老师正笑咪咪地看着我。我因为睡着了,心情变好了,忘记了以前发生的事,稍显害羞地笑了起来,慌慌张张地抓住膝盖上快要掉落的葡萄串,马上又想起悲伤的事情,笑了起来。

「そんなに悲しい顔をしないでもよろしい。もうみんなは帰ってしまいましたから、あなたはお帰りなさい。そして明日あすはどんなことがあっても学校に来なければいけませんよ。あなたの顔を見ないと私わたくしは悲しく思いますよ。屹度きっとですよ。」

そういって先生は僕のカバンの中にそっと葡萄の房を入れて下さいました。僕はいつものように海岸通りを、海を眺ながめたり船を眺めたりしながらつまらなく家いえに帰りました。そして葡萄をおいしく喰べてしまいました。

“不用那么悲伤的表情了。大家都回去了,你回去吧。而且明天不管发生什么事情都要来学校。看不到你的脸,我会难过的,一定会的。”

老师这么说着,悄悄地把葡萄串放到了我的书包里。我像往常一样,眺望着海岸大道,眺望着大海,眺望着船只,百无聊赖地回到了家,然后把葡萄吃了,吃得很香。

けれども次の日が来ると僕は中々学校に行く気にはなれませんでした。お腹なかが痛くなればいいと思ったり、頭痛がすればいいと思ったりしたけれども、その日に限って虫歯一本痛みもしないのです。仕方なしにいやいやながら家いえは出ましたが、ぶらぶらと考えながら歩きました。どうしても学校の門を這入ることは出来ないように思われたのです。けれども先生の別れの時の言葉を思い出すと、僕は先生の顔だけはなんといっても見たくてしかたがありませんでした。僕が行かなかったら先生は屹度悲しく思われるに違いない。もう一度先生のやさしい眼で見られたい。ただその一事(ひとこと)があるばかりで僕は学校の門をくぐりました。

但是第二天一到,我就不想去学校了。想着如果肚子痛就好了,头痛就好了,但是只有那天连一颗虫牙也不痛。没办法,虽然很不情愿地离开了家,但还是边想边信步而行。我觉得无论如何都无法进入学校的大门。但是一想到老师分别时的话,我就特别想看老师的脸。我不去的话,老师一定会很伤心,我想再一次被老师温柔的目光注视。只因为那一件事,我就走进了学校的大门。

そうしたらどうでしょう、先(ま)ず第一に待ち切っていたようにジムが飛んで来て、僕の手を握ってくれました。そして昨日きのうのことなんか忘れてしまったように、親切に僕の手をひいてどぎまぎしている僕を先生の部屋に連れて行くのです。僕はなんだか訳がわかりませんでした。学校に行ったらみんなが遠くの方から僕を見て「見ろ泥棒、うそつきの日本人が来た」とでも悪口をいうだろうと思っていたのにこんな風にされると気味が悪い程ほどでした。

二人の足音を聞きつけてか、先生はジムがノックしない前に、戸を開けて下さいました。二人は部屋の中に這入りました。

要是那样的话怎么都行,总之似乎第一个等着我的吉姆飞快走来,握住了我的手。然后像忘记了昨天的事情一样,亲切地拉着我的手,把慌慌张张的我带到老师的房间,我不知道为什么。去学校的时候,我以为大家都会远远地看着我说:“看啊,说谎的日本人来了”,如果被这样对待的话,简直让人恶心。

也许是听到了两个人的脚步声,老师在吉姆敲门之前,打开了门。我们俩进了房间。

「ジム、あなたはいい子、よく私わたくしの言ったことがわかってくれましたね。ジムはもうあなたからあやまって貰もらわなくってもいいと言っています。二人は今からいいお友達になればそれでいいんです。二人とも上手(じょうず)に握手をなさい。」と先生はにこにこしながら僕達を向い合せました。僕はでもあんまり勝手過ぎるようでもじもじしていますと、ジムはいそいそとぶら下げている僕の手を引張り出して堅く握ってくれました。僕はもうなんといってこの嬉うれしさを表せばいいのか分らないで、唯ただ恥しく笑う外ほかありませんでした。ジムも気持よさそうに、笑顔をしていました。先生はにこにこしながら僕に、

“吉姆,你是个好孩子,很明白我说的话。吉姆说你不必道歉了。两个人现在做个好朋友就可以了。两个人请好好握手。」老师笑着面对我们。正当我好像太任性了,扭扭捏捏的时候,吉姆急忙牵起我的手紧紧地握了起来。我不知道该怎么表达我的喜悦,只有害羞地笑了。吉姆也开心地笑着。老师笑着问我:

「昨日きのうの葡萄ぶどうはおいしかったの。」と問われました。僕は顔を真赤まっかにして「ええ」と白状するより仕方がありませんでした。

「そんなら又あげましょうね。」

そういって、先生は真白まっしろなリンネルの着物につつまれた体からだを窓からのび出させて、葡萄の一房をもぎ取って、真白まっしろい左の手の上に粉のふいた紫色の房を乗せて、細長い銀色の鋏はさみで真中まんなかからぷつりと二つに切って、ジムと僕とに下さいました。真白い手(て)の平(ひら)に紫色の葡萄の粒が重って乗っていたその美しさを僕は今でもはっきりと思い出すことが出来ます。

僕はその時から前より少しいい子になり、少しはにかみ屋でなくなったようです。

それにしても僕の大好きなあのいい先生はどこに行かれたでしょう。もう二度とは遇あえないと知りながら、僕は今でもあの先生がいたらなあと思います。秋になるといつでも葡萄の房は紫色に色づいて美しく粉をふきますけれども、それを受けた大理石のような白い美しい手はどこにも見つかりません。

“昨天的葡萄很好吃吗?”我除了把脸涨得通红,坦白地说“嗯”之外,没有其他办法。

“那么,我再给些你吧。”

说着,老师将裹着纯白亚麻和服的身体从窗户伸出去,摘下一串葡萄,在她雪白的左手上,放着抹了粉似的紫色葡萄串,她用细长的银色剪子从正中间剪成两半,给了吉姆和我。她雪白的手掌上紫色葡萄粒重重垂下来,我至今都能清晰地回忆起那美丽的样子。

从那时候开始,与以前的我相比,我成了好孩子,而且稍微有点腼腆了。

尽管如此,我最喜欢的那位好老师去了哪里呢?虽然知道不会再有第二次见面了,但我还是希望那个老师现在还在。到了秋天,葡萄串总是变成紫色,抹着美丽粉,但是哪里也找不到像大理石一样美丽的手了。

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