芥川龍之介 羅生門

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https://ja.wikipedia.org/wiki/羅生門_(小説)

1892年3月1日--1927年7月24日

小説家

最終学歴:東京帝国大学英文科

文体:短編小説

主題:近代知識人的苦悩

文学活動:新現実主義

代表作:

『羅生門』(1915年)、『鼻』(1916年)、『戯作三昧』(1917年)、『地獄変』(1918年)、『竹林中』(1922年)、『河童』(1927年)、『歯車』(1927年)

作者年谱

1892辰年辰月辰日辰刻出生。7个月后,母亲发狂,被送到姥姥家,由姨母抚养。

1910第一高等学校一部已(文科)免试

1913东京帝国大学英文科

1914第三次《新思潮》

1915初恋破碎

1916第四次《新思潮》

1918与塚本文子结婚

1921中国旅行

1922神经衰弱

1926失眠

1927安眠药自杀

新思潮派

1907-1979《新思潮》 19次

第3次、第4次新思潮同人

新现实主义之一。质疑白樺派的理想主義过于主観、空想,忽视現実,从新視点重视現実的运动。

代表作家:芥川龍之介、菊池寛、山本有三、久米正雄等。

新思潮派=新理知派=新技巧派

推荐阅读

『羅生門』(1915年)

『鼻』(1916年)

『戯作三昧』(1917年)

『地獄変』(1918年)

《蜘蛛之丝》(1918年)

『竹林中』(1922年)

羅生門 p50

1915年11月发表于杂志《帝国文学》上。

主要取材于古典民间文学《今昔物语》第29卷中的第18话《罗城门登上层见死人盗人语》的部分情节,部分取材于同卷中的第31话《太刀带阵卖鱼妪语》,加上作者的想像完成的。

罗生门----罗城门p41

罗生门在日文汉字中是“罗城门”之误写,原来的意义是“京城门”,指的是7世纪日本皇都所在平城京及平安京的首都城的正门,后来日本皇室衰落,天灾内乱频仍,罗城门因年久失修,成为一个残破不堪的城门,也正是这篇小说的背景地点。

羅生門简介 p50

平安时代后期有一位被主人解雇的贱民,傍晚在“罗生门”城楼,考虑是否要偷窃维生或是充满道德地饿死。他看见一个老太婆正在拔取城楼上一具无名尸的长发,准备编织成假发变卖换钱。贱民便出面抓住这个老太婆,责问她亵渎尸体的行为。老太婆辩称这个死人生前把蛇肉假装成鱼肉骗人维生,并认为“自己也是为了维生才拔掉死人的头发”。这位饥肠辘辘的贱民听到这些话,心中一念,“大家都想求生存不是吗?”,转眼间变成强盗,他打昏了老太婆,剥去她身上可以变卖的衣服,趁著天黑逃离现场。

羅生門を読む  pp.41-48

思考

叙述者?叙述角度?

写作特点?

作品的现代意义?

人性?

名词解释

下人(げにん)

羅生門(らしょうもん)

丹塗(にぬり)

市女笠(いちめがさ) 借代

揉烏帽子(もみえぼし)借代

洛中

鴟尾(しび)

検非違使(けびいし)の庁

太刀帯(たてわき)

故事开篇

 ある日の暮方の事である。一人の下人が、羅生門の下で雨やみを待っていた。

 作者はさっき、「下人が雨やみを待っていた」と書いた。

……その上、今日の空模様も少からず、この平安朝の下人の Sentimentalisme に影響した。……

心理活动

 どうにもならない事を、どうにかするためには、手段を選んでいる遑はない。選んでいれば、築土の下か、道ばたの土の上で、饑死にをするばかりである。そうして、この門の上へ持って来て、犬のように棄てられてしまうばかりである。選ばないとすれば――下人の考えは、何度も同じ道を低徊ていかいした揚句あげくに、やっとこの局所へ逢着ほうちゃくした。しかしこの「すれば」は、いつまでたっても、結局「すれば」であった。下人は、手段を選ばないという事を肯定しながらも、この「すれば」のかたをつけるために、当然、その後に来る可き「盗人ぬすびとになるよりほかに仕方がない」と云う事を、積極的に肯定するだけの、勇気が出ずにいたのである。

 下人は、六分の恐怖と四分の好奇心とに動かされて、暫時は呼吸いきをするのさえ忘れていた。

重点:心理变化

 その髪の毛が、一本ずつ抜けるのに従って、下人の心からは、恐怖が少しずつ消えて行った。そうして、それと同時に、この老婆に対するはげしい憎悪が、少しずつ動いて来た。――いや、この老婆に対すると云っては、語弊があるかも知れない。むしろ、あらゆる悪に対する反感が、一分毎に強さを増して来たのである。この時、誰かがこの下人に、さっき門の下でこの男が考えていた、饑死にをするか盗人ぬすびとになるかと云う問題を、改めて持出したら、恐らく下人は、何の未練もなく、饑死を選んだ事であろう。それほど、この男の悪を憎む心は、老婆の床に挿した松の木片のように、勢いよく燃え上り出していたのである。

 下人には、勿論、何故老婆が死人の髪の毛を抜くかわからなかった。従って、合理的には、それを善悪のいずれに片づけてよいか知らなかった。しかし下人にとっては、この雨の夜に、この羅生門の上で、死人の髪の毛を抜くと云う事が、それだけで既に許すべからざる悪であった。勿論、下人は、さっきまで自分が、盗人になる気でいた事なぞは、とうに忘れていたのである。

…… これを見ると、下人は始めて明白にこの老婆の生死が、全然、自分の意志に支配されていると云う事を意識した。そうしてこの意識は、今までけわしく燃えていた憎悪の心を、いつの間にか冷ましてしまった。後あとに残ったのは、ただ、ある仕事をして、それが円満に成就した時の、安らかな得意と満足とがあるばかりである。 ……

 下人は、老婆の答が存外、平凡なのに失望した。そうして失望すると同時に、また前の憎悪が、冷やかな侮蔑と一しょに、心の中へはいって来た。

……しかし、これを聞いている中に、下人の心には、ある勇気が生まれて来た。それは、さっき門の下で、この男には欠けていた勇気である。そうして、またさっきこの門の上へ上って、この老婆を捕えた時の勇気とは、全然、反対な方向に動こうとする勇気である。?????

故事结尾

 下人の行方は、誰も知らない。

作品解读

故事的现代意义

整个故事以“罗生门”的特殊场景,描写充满自私的人性,同时反映出人性的丑恶的一面。

主题的解读:“虚无”“世纪末” p55

     人在极端窘境下为求生存所表现出的极端利己主义思想

     近代人乃至芥川的自我觉醒与解放

     主人公的心理变化过程

下人性格

行事优柔寡断、多愁善感

英雄气概VS徘徊不定

心理活动的展开伴随外部风雨、昆虫蟋蟀、主人公脸上青春痘的描写

其它特点

结尾:开放色彩

叙述视角不断转换

“作者”自称,强调小说中自身的存在

“一方面讲平安朝的故事,另一方面也是在向读者昭示这是包括作者在内的近代的问题。芥川创造了包括两个时空在内的双重结构的小说表现。”

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