《挪威的森林》(7)

直子は小さな丘のように盛りあがったところを上り、松林の外に出て、なだらかな坂を足速に下った。僕はその二、三歩あとをついて歩いた。

 「こっちにおいでよ。そのへんに井戸があるかもしれないよ」と僕は彼女の背中に声をかけた。

 直子は立ちどまってにっこりと笑い、僕の腕をそっとつかんだ。そして我々は残りの道を二人で並んで歩いた。

 「本当にいつまでも私のことを忘れないでいてくれる?」と彼女は小さな囁くような声で訊ねた。

 「いつまでも忘れないさ」と僕は言った。「君のことを忘れられるわけがないよ」

直子爬上一处如小丘般的坡,走出松林,然后快步跑下坡去。我跟在她身后约两、三步的距离。

  “到这儿来啦!那口井说不定就在那边哟!”我在她背后喊。直子于是站住脚,一面笑一面轻轻地抓住我的手腕。我们便并肩走完剩下的路。

  “你真的会永远记得我?”她轻声问道。

“永远记得,”我说道。“我怎么忘得了?”

それでも記憶は確実に遠ざかっていくし、僕はあまりに多くのことを既に忘れてしまった。こぅして記憶を辿りながら文章を書いていると、僕はときどきひどく不安な気持になってしまう。ひょっとして自分はいちばん肝心な部分の記憶を失ってしまっているんじゃないかとふと思うからだ。僕の体の中に記憶の辺土でも呼ぶべき暗い場所があって、大事な記憶は全部そこにつもってやわらかい泥と化してしまっているのではあるまいか、と。

尽管如此,这份记忆的确是已经离我远去,我已经忘掉太多事了。像现在,一边回忆一边写,就常会教我陷入一种不安的情绪。因为我担心自己也许会将最重要的记忆遗漏掉。说不定,这回忆早已在我体内的哪方阴暗的“记忆边疆”里化作春泥了呢!

しかし何はともあれ、今のところはそれが僕の手に入れられるものの全てなのだ。既に薄らいでしまい、そして今も刻一刻と薄らいでいくその不完全な記憶をしっかりと胸に抱きかかえ、骨でもしゃぶるような気持で僕はこの文章を書きつづけている。直子との約束を守るためにはこうする以外に何の方法もないのだ。

但同无论如何,现在我所要写的,就是我所有的记忆了。我紧拥着这已然模糊,而且愈来愈模糊的不完整的记忆,敲骨吸髓,尽我所能地写这篇小说。为了信守对直子的承诺,除了这么做,我没有别的法子。

もっと昔、僕がまだ若く、その記憶がずっと鮮明だったころ、僕は直子について書いてみようと試みたことが何度かある。でもそのときは一行とも書くことができなかった。その最初の一行さえ出てくれば、あとは何もかもすらすらと書いてしまえるだろうということはよくわかっていたのだけれど、その一行がどうしても出てこなかったのだ。全てがあまりにもくっきりとしすぎていて、どこから手をつければいいのかがわからなかったのだ。あまりにも克明な地図が、克明にすぎて時として役に立たないのと同じことだ。でも今はわかる。結局のところ―と僕は思う―文章という不完全な容器に盛ることができるのは不完全な記憶や不完全な想いでしかないのだ。そして直子に関する記憶が僕の中で薄らいでいけばいくほど、僕はより深く彼女を理解することができるようになったと思う。何故彼女が僕に向って「私を忘れないで」と頼んだのか、その理由も今の僕にはわかる。もちろん直子は知っていたのだ。僕の中で彼女に関する記憶がいつか薄らいでいくであろうということを。だからこそ彼女は僕に向って訴えかけねばならなかったのだ。

「私のことをいつまでも忘れないで。私が存在していたことを覚えていて」と。

そう考えると僕はたまらなく哀しい。何故なら直子は僕のことを愛してさえいなかったからだ。

更早以前,在我还算年轻,记忆仍然鲜明的时候,我曾有几回试着想写直子。可是当时我却一行也写不下去。我当然明白,只要能写出冒头的一行文字,便能顺畅地将她写完,但不管怎么努力,第一行就是写不出来。一切是如此鲜明,教我不知从何为起。这就好比说,一张画得太详细的地图有时反而派不上用场一样。不过,现在我总算懂了。原来——我想——只有这些不完整的记忆、不完整的思念,才能装进小说这个不完整的容器里。而且,有关直子的记忆在我脑中愈是模糊,我便愈能了解她。我现在也想通了她叫我不要忘记她的道理了。直子当然也知道。她知道总有一天,我脑中的记忆会渐渐褪色。也因此,她非得一再叮咛不可。

  “我希望你永远记得我,永远记得我这个人。”

想到这儿,我就觉得非常难过。因为直子从来不曾爱过我。

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