段階 | ステップ | 概要 |
---|---|---|
1.計画 | 1-1.状況分析 | 彼我の状況を詳細に分析する |
1-2.論理構成 | 確実に勝てる論理構成を計画する | |
2.謀攻 | 2-1.情報収集 | 相手内部から情報収集し、相手の事情を理解する |
2-2.ネゴシエーション | 事前に相手と接触してできれば折り合いをつける | |
3.論争 | 3-1. 自在な論理展開 | 相手を上回る論理で主導権を獲得する |
3-2. 主導権獲得 | 相手の論理に変幻自在に対応し流れを呼び込む | |
3-3.詰め | 流れの勢いで最後の詰めをする | |
3-4.勝利の後 | 勝っても相手を必要以上に傷つけない |
【CIOの予算獲得場面】
前回まで「CIOが社内の反発を抑えてIT予算を獲得する」場面での「孫子の兵法論争編」第1段階「計画」と第2段階「謀攻」を説明した。続いて第3段階「論争」を紹介する。
状況を再掲しておく。
前回まで、A社CIOであるB氏は第1段階「計画」に従って情報分析と論理構成を準備し、第2段階「謀攻」に従った「用間」で情報分析とネゴシエーションを試みた。しかし、ネゴは成立せずにいよいよ役員会議の場で、次期社長候補のB事業本部長と対決することになった。
【3.論争 3-1.自在な論理展開】
武田信玄で有名な風林火山は孫子の軍争篇に出てくる変幻自在の進撃のことで、これを「迂直の計」と呼んでいる。
風林火山を現代ビジネス語に訳して論争の場面に当てはめると次のようになる。
つまり、「迂直の計」とは、いきなり主要争点で激論を戦わせるのではなく、
の手順を踏んで論戦することだ(図2)。
言い換えれば、準備の後は「起承転結」の手順を踏む。X事業本部長とのネゴに失敗したB氏は、役員会の場で次期社長候補であるX事業本部長と論争することになるが、起承転結の転となる反撃をどのように行っていくのか、以下で詳しく紹介しよう。
ここで論争の流れを紹介する前に、頭に入れておいていただきたいことがある。前回解説したネゴの段階で、譲歩点である「海外との業務統合は、Y事業本部をベースとした業務統合と経営情報の一元化」は明かしてしまったことだ。すなわち、この点はX事業本部長も織り込み済みだ。しかも、主要争点である「情報漏洩対策やサイバー攻撃対策」の予算獲得の突破口(身近に迫る危機、競合の動向と機会損失、自分への跳ね返り)も、ネゴの段階で多少明かしてしまった。
さらに、「これ以上の合理化」には触れない、という点も同様に先方は織り込み済みだ。
しかしまだ「身近に迫る危機」は明かしていない。そして、これを突破口として活用することで、B氏にとっての「迂直の計」は成る。次のような具合だ。
準備段階で新たな突破口(身近に迫る危機)の準備は絶対にX事業本部長に悟られてはいけないし、論争中にそれに対する反撃の猶予を与えてもいけない。
まず論争では、(iii)に示したように、(わざと)既にネゴ段階で明らかになった論点で攻撃する。当然、事前にそれを知っているX事業本部長は得意満面で(社内の論理で)反撃してくるだろう。「侵略する事火の如く」というが、実はこれはわざと相手を誘い出す疑似攻撃なのだ。
第2回で五事七計を用いて分析したように、外部環境から見て論理的に正しいことを主張できるのがB氏の優位点である。この段階でもB氏の論理は外部環境から見て客観的に正しいので、参加者はX事業本部長の社内の理屈を聞かされることになり、彼我の違いが参加者にとっても明確になる。この場は(iv)で示したように、余計なことは言わずに黙っているのが「動かざる事山の如く」なのだ。
よく知られている風林火山はここまでだが、実は「迂直の計」には続きがある。「知の難き事陰の如く」とは、(v)で示したとおり、次の本格攻撃を相手に悟られないことである。この場合、「身に迫る危機」についてB氏が攻めるつもりでいることを悟られないことだ。
「動く事雷の震うが如く」とは、X事業本部長の社内の理屈に辟易し始めた場の雰囲気を見て、B氏が突破口である「身近の危機」で攻めることだ。B氏がここで(vi)に進み、いきなり次のことを言い出したら会議の場はどうなるだろう。X事業本部長はこれらを事前に把握していない。
当然、場の雰囲気は変わってくる。何しろこれまで他人事のように思っていたことが現実に起こっており、しかも基幹事業であるY事業本部での出来事だからだ。これが(vii)の状況である。
【3.論争 3-2.主導権獲得】
孫子は「兵は詭道なり」、すなわち「兵法とは敵を欺くこと(詭道)だ」と言い切っている。詭道により主導権を握ることで勝利を確実にできるからだ。
そして虚実篇の「善く戦う者は人を致して人に致されず」では「戦いに巧みな者は、相手を思いのままに動かすことができ、自分が相手の思いのままにされることがない」という。そこで孫子「迂直の計」の主導権獲得方法を現代語に訳しつつ論争の場面に当てはめると次のようになる。
最初から主導権を握れればそれに越したことはないが、相手から思わぬ反撃を受けた場合は「迂直の計」に従って、まずは黙って耐え忍び、タイミングを見てこの主導権獲得を狙うことになる(図3)。
ここで、「身近な危機」を持ち出すのは、「(f)意表を突く」であるが、主導権を握るには必ずしもそれしか方法がないわけではないことを孫子の前述した虚実篇は教えている。例を挙げよう。
要するに、主導権の獲得には、「いきなり直球勝負」だけでなく、「変化球から入る」方法もあるということだ。
B氏が突破口である「身近の危機」で攻める場合でも、いきなり事実を切り出すよりも、「Y事業本部にはコンプライアンス上の問題はないですよね」「Y事業本部のサイバー攻撃対策は万全ですよね」とX事業本部長に水を向けてから事実を切り出すのとでは随分とインパクトが異なるはずだ。これにより、X事業本部長がこの件に関して情報を把握できていないことを暗黙のうちに参加者に伝えられるからだ。
ここまで、「孫子の兵法 論争編」の第1段階「計画」、第2段階「謀攻」、第3段階「論争」の主導権獲得まで紹介してきたが、次回は「(viii)会議で他の参加者が同意した有利な論点を整理して一気に結論を出す」に該当する、第3段階「論争」の最後の詰め(図4)を紹介しよう。