2020-04-05 米海軍の巨大病院船がNY入り それでも足らない病床

米海軍の巨大病院船がNY入り それでも足らない病床

池松 由香

ニューヨーク支局長

2020年3月31日

全2535文

 2020年3月30日午前11時(米東部時間)、ニューヨークのビル・デブラシオ市長はマンハッタンの西側を流れるハドソン川の波止場で1隻の船を待ち構えていた。

 全長272m、全幅は32mの巨大な米海軍病院船「コンフォート」。通常は戦地での傷病軍人の治療や災害の被災者救助などを任務とするが、今回は新型コロナウイルスの感染者が爆発的に増えているニューヨークで医療活動に従事するため赴いた。


ハドソン川を上り、ニューヨーク市マンハッタンの波止場に向かう米海軍の病院船「コンフォート」を出迎えるニューヨークのビル・デブラシオ市長(写真:Michael Appleton/Mayoral Photography Office)

 米国土安全保障省(DHS)内に設置されている米連邦緊急事態管理局(FEMA)が派遣した。非常事態用に確保されている米連邦政府の予算を使うため、治療は無料だ。患者の受け入れなどは、州や市の保健局や地元の病院と連携しながら進める。同船がニューヨークにやってきたのは2001年の同時多発テロ以来、19年ぶりのことだ。

 「米軍に助けてもらえるのだからもう大丈夫。そんな安堵感があった」

 入港後の会見でデブラシオ市長は、船を出迎えた時の心境をこう振り返った。米政府が所有する病院船はコンフォートの他、27日にロサンゼルスに入港した「マーシー」の2隻しかない。いずれも巨大な軍艦に1000の病床と12の手術室を備える「水に浮かぶ病院」だ。


2020年3月26日、出港準備のため患者用ガウンを数えるドム・ナバロ隊員。写真はロサンゼルスに向かった病院船「マーシー」の中

 全米各地で感染者数が急増する中、まずはニューヨークが貴重な2隻のうちの1隻を使用できるわけだ。だが、デブラシオ市長の顔に笑みはない。

 「病院船を送ってもらったことには感謝している。だが、闘いは始まったばかりだ。これからの数週間、我々はもっと厳しい状況に直面することになる」


1000床の巨大船でもまかなえない患者数

 理由は自明。1000床の病院船を迎えてもなお、想定される病床数が圧倒的に足りないからだ。

 3月30日にニューヨーク州のアンドリュー・クオモ知事が発表したデータによると、同州の感染者数は6万6500人、死者は前日から253人増えて1218人に上った。州内で入院している新型コロナ感染症患者の数は9500人、うち2300人が集中治療室(ICU)で治療を受けている。ICUにいるのは人工呼吸器などにつながれた重篤な患者だ。

 ニューヨーク市の保健当局によると、同日時点の市内の感染者数は3万8087人、死者は前日から124人増えて790人だった。

 市内にある病床はICUも含めて全体で約2万床。専門家の試算では、これを6万床にまで増やさなければ新型コロナ感染症の患者を収容しきれないという。そのピークがやってくるとされるのは5月初旬。圧倒的に数が足りない上に時間もない。

 「1000床はもちろんありがたい。だが、我々が求めているのは万のレベルで、マグニチュードが違う。これからも連邦政府に支援を強く求めていく」と同市長は話した。


会見会場の外でプラカードを持ってコンフォートの来港を激励する市民

既存の病院は全てICUに

 ではこの不可能とも思える病床不足を州や市はどう解消しようとしているのか。下の表がその第1段階の計画だ。今回の病院船に加え、大型会議場のジェイコブ・ジャビッツ・コンベンションセンターに約3000床を設置するなど、州内の数カ所に臨時病院を設置していく。


ニューヨークの州や市が予定している臨時病院の設置場所と病床数、開業時期

 デブラシオ市長によると、すでにある病院の2万床はほぼICUに変え、それ以外の新たに設置した場所で比較的症状の軽い新型コロナ感染症患者や、それ以外の病気で入院する患者の治療をする。「特定の数カ所を、症状の軽い新型コロナ感染症患者を集中的に見る施設にするかもしれない」(同市長)という。感染拡大の可能性を少しでも減らすためだ。

 さらに既存の病院内の病床数も、空いたスペースに追加のベッドを置くなどして1.5倍に増やす計画だ。うまく増やせたとして3万床、上記の臨時病院の病床を加えても4万床弱にしかならない。

 患者をスクリーニングして症状に合わせて適切な施設に搬送するのも容易ではないだろう。現時点では地元の公立・私立の病院やジャビッツ・センターなどの臨時病院が参加する委員会「ホスピタル・エグゼクティブ・コミッティー」が患者をスクリーニングし、症状に合わせて適切な施設に移す予定だというが、現場は混乱が見込まれる。


 既に医療インフラは崩壊に近い状態にある。3月27日午後3時過ぎ、米テレビ局MSNBCはニューヨーク市民に対して「911に電話をするのは呼吸または心臓に問題がある人だけにしてほしい」と異例の呼びかけをした。911は警察や消防に緊急時にかける電話番号で、この時、既に170人が電話をかけてホールドしている状態にあったという。

 アナウンサーは「スタジオにいてこれほど頻繁に救急車のサイレンを聞いたことがない」と驚きの表情を浮かべた。何もかもが未曽有の事態だ。

 第2段階では、新型コロナ対策で閉鎖したホテルや学校などを病院に転換していく。計画実行に向けてクオモ知事がホテルオーナーなどと交渉を進めている。

 こうした計画が進む一方、医療従事者は悲鳴を上げている。3月28日には市内ブロンクスにあるジャコビ病院の緊急治療室のスタッフ数十人が、同病院の前でマスクやガウンなどの防護具が不足していることに対して抗議した。

 医療従事者の死者も出てきた。26日にはマンハッタンのマウントサイナイ・ウエスト病院に勤務していた看護師のカイアス・ケリー氏が新型コロナ感染症で死亡した。18日に陽性と診断され、ICUで人工呼吸器につながれた状態で兄弟に向け、こんな連絡をしたという。

 「声は出せないのでテキストメッセージを送る。自分は大丈夫だから両親には言わないで。心配するから」

 これが彼の最後のメッセージとなった。

 ニューヨーク州や市の計画がうまく機能するかは分からない。もしかしたら、社会的距離(social distance)の徹底で想定よりも感染者の増加を抑えられ、6万もの病床は必要なくなるかもしれない。誰にも将来は予測できないからこそ、最悪の事態を想定して準備を進めるしかない。

 感染の爆発から惨状に至るまでのスピードは本当に速い。ほんの1~2日で街の様子も人々の生活も一変する。日本がニューヨークと同じ轍(てつ)を踏まないためにも、今後もニューヨークの現状を可能な限りリアルタイムでお伝えしていく。

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