PFAOSプロローグ 「星明かりの大地に」
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文: 霧生るい 監修: arohaJ
潜水艦オルトセラス号のクルーは、生まれも育ちも異なるが一つだけ共通点がある。
それはアステラ帝国に恨みを持つということだ。
アステラ帝国に大規模な軍事行動の兆しがあるという情報を受けて、オルトセラス号は星光島沖にて作戦を展開。航行中の武装船団に対して奇襲を仕掛けた。
遊撃により数隻に打撃を与えることに成功。だが、敵にこちらの位置を把握されたため、すぐに撤退を開始した。
こちらが優位であったとしても、決して深追いはしない。
生還することがオルトセラス号の戦術における絶対条件だ。
撤退に入った艦内は緊張に包まれていた。完全に逃げ切るまで安心はできない。
そうしてどれくらい経っただろうか、クルーが報告した。
「海域より離脱。周辺に艦影ありません」
その言葉を受けて、私は作戦終了を告げる。
「状況終了、浮上せよ。最低限の人員を残して休息を取ってくれ」
艦内に歓声が上がり、騒がしくなった。
私は海面まで浮上して船体が安定したのを確認すると、船外に出た。
目視で周囲に危険がないか見て回り、そして星の位置を確認する。
まだ人数が少なかった頃の習慣なのだが、どうもこれをやらないと落ち着かない。
静かな夜だった。
波は穏やかで、空には美しい月が出ている。
「……このままで、いいのだろうか?」
静寂の中で、自然と問いかけが出た。それはここ最近ずっと感じていることだ。
アステラ帝国の力は強大で、勢力は今も拡大を続けている。このまま戦力を削り続けるだけでは、その歩みを遅くすることはできても、止めることはできないのではないか?
オルトセラス号は未知なる技術の結晶であり、強力な戦力だ。
しかし、我々がやっていることは海賊行為に他ならない。
海上に木片が流れてきた。ひょっとしたら海賊船の残骸かもしれない。
その時、海面で何かが光った。月の反射や、魚が跳ねたものではない。
目が追った先、流木に紛れて何か大きな影がある——それは、人だった。
「すぐに哨戒艇を準備してくれ、漂流者がいるぞ!」
発見された人はすぐに救助され、今は船内のベッドに寝かされている。
まだ幼い少女だ。見たこともない衣服を着ていて、様々な国の者が集まるこの船でもその出所はわからなかった。
今はただ静かに寝息を立てている。脈も正常で外傷もなく、船医の見立てでは疲れ切っているだけでそのうち目を覚ますだろうということだ。
たった一つ、彼女の持ち物には問題があった。
それは、彼女の素性を詮索するのに十分すぎる理由だった。
「ファアスへ進路を取れ」
私たちは拠点に帰還することにした。
***
オルトセラス号は海賊や冒険者たちにとっては動く宝そのものだ。
当然、狙われることがある。
海でその性能に匹敵するものはないが、補給を行うためは定期的に接岸する必要があり、そこを襲撃されることがそれまで何度もあった。
この問題を解決したのが、貿易都市ファアスを統べる貿易王ファリドだ。
かつて私は彼の命を救ったことがあり、それ以来恩返しの名目で彼から様々な援助を受けていた。
ここ、貿易都市ファアスにあるオルトセラス号の専用ドッグもその一つだ。
「お帰りなさいませ、ノヴァ様。親方がお待ちです」
予定より早い帰還だったが、入港するとすぐに使いの者がやってきた。
貿易都市ファアスの王宮、限られた者しかその存在を知らない禁裏に案内される。
そこでファリドは待っていた。
「何があったかと思えば、また人助けか? 人としては褒められた行為かもしれないが、目立ちたくないなら控えたほうがいい。俺が言うのも何だがね」
「すまない……だが今回は人助けだけという訳ではない。これを鑑定してくれないか? 漂流者の持ち物だ。クルーに聞いても誰も分からない」
私は、漂流していた少女が持っていた物をファリドに見せた。
彼はそれらを一つ一つ手にとってマジマジと観察する。
「俺を誰だと心得る? 貿易王だぞ。悔しいことにさっぱり分からん。何もかも見たこともないシロモノだ」
「おい、これだけか?」
「これとは別にあったんじゃないのか? 君でも価値の明らかな、厄介な代物が。大方、私を巻き込まないようにと考えたんだろうが、そういうのを商人は水くさいというんだ」
観念した私が全てを語ろうとしたところで、クルーが飛び込んできた。
「艦長! すまない、あの子が消えた」
***
「たかが少女一人捕まえるのに何を手間取っている! この俺をいつまで待たせるつもりだ!!」
「申し訳ございません! それが何度も発見はしているのですが、こちらに気づいたり捕まえると、すぐに消えてしまい……」
謎の少女の捜索は予想外に困難なものだった。
ファリドの私兵が総出で王宮内を探しているが、未だにを捕まえることができていない。
報告によると突然現れたり、消えたりする魔法を使っているらしい。
聞いたこともない魔法だ。特殊な星光石を使っているに違いない。
しかし、それはありえないということを私は知っていた。
「あの子は、星光石を一つしか持っていなかった。それはオルトセラス号で保管している」
「星光石なしに魔法を使っているとでもいうのか……?! いや……まさかな……」
少女が目撃されたポイントは王宮内、同じ場所には現れていない。
私は、それに違和感を覚えた。
逃げようとすれば、すぐに王宮の外にいけるはずだが、いまだに王宮の中を彷徨っている。
「逃げているんじゃない……探しているのか?」
閃きを得ると同時に、私は席を立った。
「おい、どこに行く!」
「オルトセラス号だ。彼女の探し物がそこある」
「待て待て! 捕まえようとしても消えてしまうんだろう? どうするつもりだ!」
「俺に考えがある。何、手荒なマネなどしないさ。任せたまえ。商人は味方を作るのが得意なんだ」
そして、ファリドは案を告げた。
オルトセラス号から星光石を持ち出て、しばらくするとドッグに少女が現れた。
彼女は私と、私が持っている星光石に気づいたようだ。やはりこれを探していたらしい。
少女は、私を警戒しているようでこちらに近づいて来ようとしない。
先ほどまで武装した兵士たちに追い回されていたのだ。警戒するのは当然だ。
ファリドの読みは正しかった。このままでは埒が明かない。
そこで、先ほどのファリドの言葉を思い出す。
「商人が大切にしている3つのことを教えてあげよう! それは、お金、信頼と……演出(ハッタリ)だよ!」
その瞬間——ドッグの照明が一斉に点灯し、闇の中から金色に輝くオルトセラス号が現れた。
少女の怯えが、一転して驚きへと変わる。
「私はこの潜水艦、オルトセラス号の艦長ノヴァ。君の名前は?」
「……ルーナ」
「ルーナか。すまない、これを探していたんだろう。君に返そう」
ルーナと名乗った少女は、星光石を受け取ると大切そうに抱きしめた。
「ノヴァ」
少女は言った。
「お願い。ルーナを連れてってほしい。一緒に。星明かりの大地に」